B-part

恐らく、彼はこの時に己の幸運の最高記録を誇っていたことだろう。

死ぬかどうかの状況で、自分の身を守れるかもしれない『それ』は彼にとって素晴らしく魅力的なものであった。

『それ』が、その先も彼に幸運をもたらすかどうかは不明であるが。

 

 

マサキは排気ダクトの中を這いずっていた。何の明かりもなく、狭苦しいそこは、彼に恐怖を与えたが、そんなことに構っている余裕などなかった。今は暗くて狭い場所よりも拳銃の方が数倍は恐い。

手探りで必死に進んでいく。殆ど分岐点は無く一本道だ。彼は後ろを時折確認しつつも、黙々と進んでいく。

「明かりか…」

遠くの方に明かり。もっとも、今の状況では遠近感など狂っているだろうからあまり当てにはならないが、確かに明かりがある。

さらに近づいてみると人の声。こんな所の音など下まで聞こえる筈も無いのだが、マサキは音を立てないようにしながら光の方へと近づいていった。

「…mk2は、出さないのか!?」

「……駄目です。パイロットがいませんし、司令の指示もありません!」

「…ふざけるな、NERVのPTだけであの『紅い奴』を止められるものか!上は何を考えている!?」

「一応、ここにある機体のメンテナンスは完了していますが……」

マサキには理解の出来ない会話だったが、どうやらここには何かがあるらしい。

『紅い奴』というのが襲撃してきたPTだというのは容易に想像できるものの、mk2とは?話の流れからいくとここにあるようだが。

それが気になって、少ししきりの外に顔を出した。

 

そこで見たものは……EVANGELIONと呼ばれる、かつての神殺しの兵器……今では人殺しの兵器だった。

 

マサキの脳裏には、それを見た瞬間にひらめいたものがあった。

もし、それの中に自分が乗り込んだらどうなるだろう?

コクピットとおぼしき部分は空いていて、誰でも入れるようになっている。それの周りには、暴力を生業にしているような連中はおらず、科学者風の不健康そうな男ばかりだった。

……いける。

ここから飛び降りて、真下の男たちを殴って気絶させて、そしてそのまま一気にコクピットのある場所まで走り抜ける。このままここにいたって死ぬ計算のほうが遥かに強い。ならば、いっそ賭けに出ても……

ゴクン。マサキは自分が汗を掻いているのがよく判った。しきりに右手を開閉させながら、彼は下の様子を見ている。

今の状況で飛び降りたら丁度男達の真ん前に落ちることになる。だから男が後ろを向いてからやらなければ。

そうこうしているうちに、二人の男の内の一人が去っていく。残る男も何やら書類を見ていて周りには殆ど注意はいっていない。

今だ。

マサキは勢いをつけて飛び降りた。突然の事に男は慌てて書類から顔を上げる。マサキはそのまま男の腹を狙って全力で殴りつけた。

「ぐふ…!」

マサキの一撃は通用したらしく、男は前のめりになって倒れる。それを確認したマサキは一瞬だけ安堵の溜息を漏らし、すぐさま走り出す。

「お前、何をしている!?」

それを見つけた他の職員はマサキを止めようとするものの、長年に渡って路上生活にも近い暮らしを強いらされてきたマサキと、部屋に篭って研究をしてばかりいたNERVの技術将校とでは体力の桁が違う。マサキは彼らを殴り飛ばし、黒いカラーリングのされているmk2のコクピットまで必死に走りぬけた。

「ええと…それでどうやったら動くんだよ」

マサキは自分でコクピット(エントリープラグと呼ばれているのだが、彼は知らない)を押し込んで、中のシートに座る。

取り敢えず発進ボタンのようなものは見当たらない。というか、そこにはレバーが二本あるだけで、他には何のボタンもスイッチもなかった。

『開けろ、貴様は自分が何をしているのか分かっているのか!』

通信機から煩く聞こえてくる声。本当に煩い、そんなことは分かってる。マサキはそう怒鳴りつけたい衝動に駆られたが、そんな事をしている間にハッチを破壊されてここまで侵入されたらお終いだ。

マサキはガチャガチャとレバーを前後させた。他に何もなかったのだから、最後の望みはこれしかない。

(動け…今動かないと、俺は殺されるんだよ、頼む……)

マサキは何かに懇願した。それは神や仏といった類いのものだったのかもしれないが、もっと他の……すぐ傍に居る存在へのものだった、とも言えなくもない。

そして、それはマサキを見捨てなかった。

 

 

 

特務機関NERV所属、EVANGELIONmk2。S2機関を内蔵しているため無限の稼働時間を実現し、肩のウエポンラックにはプログレッシブナイフ、ニードル射出機能を搭載。その他には、パイロットの錬度にもよるがA.T.fieldを利用しての遠距離攻撃、ポジトロンライフル、パレットライフル等の武装を装備できる。

S2機関内蔵の他の特徴というと、LCLシステムの廃止が挙げられる。野戦を想定されてもいるmk2は、一定周期での交換が必要とされるLCLなど邪魔以外の何者でもないからだ。その代わりにエントリープラグ内部のセンサーが高性能になっており、シンクロには何の問題もない。

それのカラーリングは黒。『使徒戦争』時に建造されたEVA参号機を彷彿させるフォルムだ。しかし、似ているのは外見だけで、基礎能力、A.T.fieldの展開能力など、どれを取っても『使徒戦争』時に最強を誇ったEVA初号機をも凌駕していた。

そして、そのコアは空のままである。適格者の能力を持つ者なら、親近者を介すこともなくシンクロが可能なほどにmk2は高性能だった。

言わばNERVの切り札的な存在であるそれが、たかが一匹のガキにコントロールを奪われるなどあっていいはずがない。

『使徒戦争』の終わり、SEELEとの決戦、サードインパクト騒乱。その戦いでのNERV…いや適格者達の働きによってサードインパクトは防がれた。それは人類にとっては安堵することであったが、同時に戦慄すべき事実が発見された。その時以来、適格者の数が急増したのである。それも10代前半から20代前半といういたって若者ばかりに。それはSEELE狩りを命題とするNERVにとっては戦力の増強に繋がると喜んだが、他の一般人にとっては立派な災害であった。適格者の数が増えることで、当然ながら稼動するEVAの数も増加する。『使徒戦争』時は、最大同時稼動数が三機だあったが、それだけでもその破壊力は脅威だった。それが1000、2000、と増えていったらどうなる?考えるまでもない、人類はセカンドインパクト級のダメージを負うことだろう。

彼らが必死になってマサキを引きずり出そうとしているのもそれが原因だった。マサキによってmk2が起動する確率は高い。しかもmk2のメンテナンスは完璧。何時でも出撃できる――

 

ドゴオオン!!!

 

轟音が響いた。マサキの乗っているmk2の瞳が光る。そのまま腕を振り回して周りのものを薙ぎ払う。

「起動してしまった、すぐにPT部隊を回せ!!」

すぐさまその場の人間達は逃げ出した。残るのはマサキとmk2のみ。しかし、だからといってこのままぼうっとする訳にはいかない。

mk2の右腕を振り上げて壁を叩いた。特殊な素材で出来ている壁も、mk2のパワーの前にはあっさりと崩れ去った。

そして、マサキは外を見た。遠くからズシンズシンと足音がする。それは確実にこちらに近づいてきており、その足音の主が自分へ攻撃を仕掛けてくることは想像に難くない。

マサキは外に飛び出した。特に確固たる計画がある訳では無かったが、あの紅いPTに会えば何とかなる。そんな気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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