「そうじゃない、そこはA.T.fieldを展開するんだ!」
エントリープラグに響く通信が鬱陶しい。
マサキはいい加減にしてくれといった様子でそれを聞いて、はいはいと気の無い返事をした。
EVA//Extra Impact
episode04 routime……
A-part
「マサキ君もいい加減に嫌になってきたみたいですね」
「そうね……まあ、当然といえばそうなんだけど」
訓練の様子をモニターで眺めていたミクは、隣りの部下の言葉を相槌を打つ。
マサキの決意から数週間、彼はEVAmk2の操縦のために訓練を受けていた。
いくら彼に才能があったとしても、あの脱出劇の時に起動したとはいえフラフラな酔っ払いのような動きを見せたのであるからそれは仕方が無い。
EVAの制御は難しい。訓練無しにマサキが起動できたということだけで、その才能を示すほどのものとなっているのだから。
「だからしょうがない……んだけどねえ」
ミクは困ったという様子で頭を掻く。
あの時の彼の決意は年齢を忘れさせるものであったが、今は普通の少年と何ら変わらずに厳しい訓練に対して不平を言っている。
そのアンバランスに苦笑した。尤も、マサキに限らず同じ一面しか持たない人間などいる筈も無いのだが。
それを承知で、笑うしかなかった。
「それでも結果は十分に出ていると思いますけど……特に格闘戦闘に関しては訓練内容の約30%も前倒しにしています」
「でも、実戦に出すにはまだまだ早過ぎる、て事?」
「そのようです」
部下はやや顔を歪めた。実戦、という言葉を聞いて何か感じるものがあったのか。
「訓練主任は北川君だったかしら?普段は優しそうなのに意外と鬼コーチなのね」
それはミクも同じらしく、重くなった空気を振り払うために明るい声音で話す。
「まあ、彼も真面目過ぎるところがありますから……」
その意図を汲み取り話に応じる。
「……彼も、マサキ君を死なせたくないんでしょうね」
ミクはぼそりと一言。
口の中だけでその声は掻き消えたが、部下にもそれは理解できていた。
マサキはガチャガチャと乱暴に操縦桿を前後した。
青いプラグスーツの肌に纏わり付く感触が鬱陶しい。
LCLシステムは2025年現在では廃止されたものの、もし今でもそれがあるとしたらマサキはさらに苛立ちを深めただろう。
自分の訓練は必要なものだとは思っている、しかし、ここまで急がなくてもいいだろう、まだまだ時間はあるだろうに。マサキは心の中だけで不満を言った。
北川ケンイチは優しい人だと思っていたが、まさかここまで厳しい人だったとは。自分の結果にしても普通よりは数段優れているというのに。何が不満だ。プラグ内の通信用モニターに映る男を恨めしげに睨む。
また怒鳴り声が聞こえてきた。
ケンイチはマサキの不満に気付いているが、あえてそれを無視した。
もし、突然ここが攻撃されたら?常について回る不安。その時にマサキが出撃しないという保証は無い。
少なくともこの施設の戦闘員全員が戦闘不能になった場合は出撃するのだ。
そして、そうなったら今の安藤マサキは確実に天に召される事になるだろう。
それを許すわけにはいかなかった。
だからこその訓練だ。せめて、mk2を駆って敵から逃げられる程度には上達してもらわねばならない、彼が生き延びるために。
マサキは自分の力量を正確に把握していない、或いは敵の力量を甘く見ている。それは見ていれば分かる。
一度、痛い目に合えば良いのだろう、そうすれば彼は理解するだろう。
しかし、自分達は彼に痛い目に合わせるわけにはいかないのだ。
それを避けるための、彼なりの優しさだった。
山に囲まれたこの施設、上手く上空から見られてもPTやEVAが発見されないように出来ている場所である。
その中では訓練所だけは例外で、周りの山をくりぬいてその空間を利用していた。
数十メートルものPTやEVAが動けるほどの空間を用意するとなると、人工物では目立ちすぎたからだ。
今、その中に周りには巨大な人型のターゲットがいくつも設置されている。
EVAを模ったのだろうか、肩のウエポンラックと細いウエストがシルエットとはいえ特徴的だ。
マサキの駆るEVAmk2は、それを前にして腰だめに黒光りするライフルを構えている。
パレットライフル、劣化ウラン弾を射出するEVA、PTの基本装備の一つ。マサキは覚えた事を頭の中で反芻する。
発射するにはただ単にトリガーを引くのではなく、EVAをインダクションモードに変更し、目標がセンターにマーキングされたときにトリガーを引く。
注意点としてはインダクションモードの間は防御が疎かになりがちなのでA.T.fieldは中和でなく防御に使用する事を優先することが挙げられる。
ケンイチにさんざん言われた事だ、忘れられるわけない。
マサキは意思を込めて制御レバーを強く握り締める。
mk2はそれに答えてインダクションモードに移行し、サブモニターに残弾数、ターゲットなどを表示した。
マサキはターゲットの胸部をメインモニターの中央に合わせ、トリガーを引く。
ターゲットは劣化ウラン弾の掃射を受け瞬く間に崩れ落ちる。
「よし……」
命中しマサキは安堵した。mk2の動きが一瞬止まり、A.T.fieldの強度が落ちる。
「何をやっている、的は一つではないんだぞ!」
通信用モニターが開き、ケンイチの罵声が飛ぶ。
それをマサキは不機嫌さを隠そうともしないで見据える。
「はいはい、次ですね、次」
マサキはmk2に銃口をそれの隣りのターゲットに向けさせ、トリガーを引く。
またも崩れ落ちるターゲット、そしてその隣りのものもその流れで命中させる。
それを見て、マサキの本当の才能は、シンクロではなく高い順応力であるとケンイチは確信した。
先日はじめて触った筈の銃をEVAで上手く操る事が出来る、はじめは無茶苦茶な命中率だったそれも今では90の位にある。
それは順応である、彼は天才なのだろう。今まで荒廃した第三新東京で保護者も無く生き延びれたのもこの能力の賜物だったのかもしれない。
しかし、たとえ彼が一億人に一人の天才であったとしても、今の状態で戦ったら間違い無く死ぬ。
原石は光っているわけでない。磨かなくては何も光らないのだ。
「……よし、射撃は戦闘において重要な要素だ。それをしっかりと理解するんだ。あと20」
20、というのはターゲットの数である。つまり、それだけ撃つまではマサキの訓練は終わらないのだと宣言された。
ケンイチが手元のスイッチを操作し、新たなターゲットが現れる。
最初のうちは真剣にやっていたが、そこまで延々と同じ事を繰り返すといい加減にしてくれと言いたくなる。弾だってもったいないだろうに。マサキは気だるそうにターゲットに銃口を向けた。
ストロボのような光が、mk2の体を照らす。
ケンイチはそれを無表情に見ていた。
今の彼に一番足りないのは「覚悟」……それは教えられるものではない、覚えるしかないものなのだ。そして覚えた頃には手遅れになっている事が最も多い事の一つである。
手遅れにはしたくない。ケンイチのマサキを見る目は上司のそれであり、兄であった。
マサキを弟のように見る自分を省みて「弟」を戦いに狩り出す兄貴がいるのか、と彼は寂しく自嘲する。ならば「上司」として……死なせないように。
訓練は長く続いた。
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