B−part

 

「やっと終わった……」

訓練は終わった。今日は、という言葉がつかなければとても幸せなのだが。マサキはふらふらと食堂に向かう。

もう外は真っ暗だろう。秘密基地、という場所なので窓は殆ど無いが、自分の腕時計からそれは容易に想像できる。

ドアを潜り、椅子につく。手荷物を置くと、すぐに立ち上がり厨房に注文をしにいく。

食堂といっても、特に何の飾り付けがあるというわけでもない、無味乾燥な場所である。ただ最低限の施設が整っている、ということで使われているというだけの。

ここの人々はマサキに好意的で、邪険にされることなど滅多に無い。

厨房のコックもその例に漏れず、すぐにマサキに夕食を用意してくれ、トレイに載せてマサキに渡した。

食欲も失せるよな……。心底ウンザリした。

暖かく湯気の出ているスープを無作法に音を立てて啜る。

素っ気無いデザインの銀の食器をガチャガチャ鳴らし、スプーンを口に運ぶ。

ぼんやりと前を見ていると人影。

その影はマサキを認識すると、トレイを持ってこちらに来た。

「あ……どうも」

反射的に挨拶する。影は紅い色を帯びており、その特徴的な色を持つ者はマサキは一人しか知らなかった。

「ここ、いいかしら」

ミクはマサキの返事も待たずにトレイを置く。マサキも「ダメです」と言うはずもなく頷いた。

ふう、と溜息をついてミクは椅子に腰を下ろす。

真正面のミクをマサキは見た。

今までもこうして顔をあわせる機会は何度かあった。

しかし、そのような時は大抵自分自身に余裕が無い時で、まじまじと彼女の顔を見詰めるような状況では無かったが……

今はまだ余裕がある、彼女の顔を観察するのは殆ど初めてといってといい。

マサキは見詰める。

流れるような紅い髪、薄暗い蛍光灯の下でも充分に光る青い瞳、ゲルマンの血の入った整った顔立ち。

完全な美人だ。一応は「知識」としてはそれを認識していたが、実感したのは今が初めてだった。

マサキは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。何となく居心地が悪くて目線をテーブルに向ける。

そんなマサキの行動に気付いたのかそうでないのか、ミクはいつもと変わらない様子で「ねえ」と切り出す。

「なんですか?」

少し声が裏返ったか?マサキは内心でドキドキしながら答える。

「訓練の事なんだけどね……」

「訓練?」

露骨に顔を歪める。今の彼にとって、訓練という言葉は禁句だった。

「まあ、あまり文句を言ってもしょうがないって事よ」

その表情に苦笑しつつも、ミクは続ける。

「北川君も悪気があるわけじゃ無いんだから……」

「けど、あそこまで……」

速攻の反論。

「貴方に死んで欲しくないのよ、きっと」

マサキは黙る。彼女の言いたいことは理解できた。それの正当性についても。

「……ミクさんはどうしてパイロットをしているんですか?」

別段深い意味があったわけでもない、寧ろ話の矛先をずらそうとしての質問。

ミクは一瞬だけ不意を突かれたような表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻り、

「さあ、どうしてだったかしら」

適当にはぐらかした。

はぐらかされたということはマサキにも十分に理解できたが、何も言わない。彼女の表情から容易に聞こうとしてはいけない事だと悟ったのだ。

そんなマサキを見て、ミクにはさっきよりもさらに彼が不機嫌になったように見えた。

これ以上はマズいか。ミクは早々に食事を終え立ちあがる。

「じゃあマサキ君。また明日」

マサキは複雑な表情でそれを見送った。

 

 

「少し……失敗だったかしら?」

ミクは一人ごちた。

時間が遅いが、場所の性質上無人になるということは少ない。

蛍光灯の光のみが照らす寒々しささえ感じさせる廊下を歩く。

そろそろ寝ようか。今日はもう何も無かった筈。

ミクはそこまで考え、自分の部屋に向かう。

それにしても、マサキに今言ったのは失敗だっただろうか。彼も分かってはいるのだろう、なら自分が言うまでも無いだろうに。

しかしまだ分かっているだけで、本当の意味で理解してはいない。それでは駄目なのだ。

マサキの教育担当になったケンイチには同情する。教えられる側もそうかもしれないが教える方はもっと疲れるだろう。

……まあいいか。今日はそろそろ寝よう。

ミクは思索を打ち切った。

 

 

マサキは冷めたお茶を飲み干し、肩を回した。

いい加減に筋肉痛だな。体力には自信のある方だったのだが。

走り回っているわけでもないのに、ここまで疲れるとはどういうことなんだろう?

EVAというものがフィードバックシステムを採用していることは知っていたが、それに何か関係があるのだろうか。

「それにしても、ミクさんって何処かで見たような……」

嫌な問題から逃げ興味深い方に行く。

「何処だったかな?」

マサキの知りあいには紅い髪の人はいない。無論、青い瞳も。

知り合いでなかったら何だというのだろう。有名人か、それともただの勘違いか。

……まあいいか。

それも結論は出ず、保留となった。

「……そろそろ帰るか」

マサキはトレイを持って立ちあがる、その時。

「な……警報!?」

鳴り響く。

フィーフィーと些か間の抜けた警報音は、敵の襲来を意味している。

マサキはガタンと椅子を蹴り飛ばしながら、司令所に向かった。

 

 

 

誰もが慌てている。

恐らく見つかったのは殆ど偶然だろう。しかし、その偶然が自分達の命取りになるのには十分過ぎた。

中央のレーダーには敵を示す赤い点が数個、点滅している。

「何事だ!」

ケンイチは手近なオペレーターに尋ねる。詰問するような激しい口調が彼の慌てを表している。

「敵の襲撃です、恐らくUN軍!」

「戦力は!?」

「分かりません……しかしPTが数機確認されています」

ケンイチは舌打ちする。その音は周りの騒音に掻き消された。

ヤバイじゃないか……。

それはここにいる誰もがわかっている事なので、今更口に出したりはしない。

「こちらの戦力は?」

「INAZUMAが2機、それと……EVAmk2が」

mk2、と聞いてケンイチは顔を歪める。

「……mk2はまだ出すな。俺が取り敢えず足止めする、瀬名一尉達に急いで召集をかけてくれ」

焦りがケンイチの顔を覆う。それを何とか隠そうと。

「まあ、UNの雑魚なんか俺達だけで何とかなるさ」

ぎこちない笑顔を作った。

 

 

INAZUMAの目が光る。

搭乗者を得て、ケンイチの黒いINAZUMAは命を吹き込まれ、眼前の敵を見据える。

やれやれ。数ばっか集めやがって……。

敵は、UN軍の主力PT『KAMUI』。肩のウエポンラックが無く武装も貧弱な機体だが、5対1では少々部が悪い。

塗装するだけの資金も惜しいのか、真っ白なボディがやけに憎たらしい。頭部は使徒戦争時のEVA量産型のような気持ちの悪い爬虫類だ、わざわざこんな悪役じみたデザインにする事も無いだろうに。UN技術者のささやかな皮肉か?SEELEの機体のようなデザインにするとは。

神威……、ね。御大層な名前を。NERVの威を借りているだけの狐野郎には、ある意味ピッタリかもしれないが。

取り敢えず5機。まだいるのかもしれないが、ここからは何の反応も無いということは増援は無いと考えても問題無い。

ケンイチはパレットライフルを腰溜めに構えさせる、プログラムをインダクションモードに変更する、ターゲットが近づく。

碌でも無いガンシューティング。どうせならゲーセンで楽しみたかった。

「目標をセンターに入れ……スイッチ、と」

タイプライターを叩く音を何百倍にも増幅したような大きな音が響く。

銃口から弾丸のシャワーが吹き出され火花が散る、夜の闇にそれが花火のように輝いた。

ケンイチの目の前の巨人からオレンジ色の光が発するのが分かる。

A.T.field。あっさりと銃弾は弾き返される。

これでやられるほどの雑魚ではないか。ケンイチは無用の長物のパレットライフルを捨て、腰からマゴロクEソードを抜く。

シューティングの次はチャンバラか。中段の構えを取りつつ苦笑する。

KAMUIの内の一体がライフルを撃ってくる。

ケンイチのINAZUMAはそれをA.T.fieldを使って受け止め、少し後ずさる。

ライフルを持っているのは一体だけか、それならこの距離なら残りの四体はただの木偶の棒だ。

ということは……

「来たか」

残りの4体が突っ込んでくる。奴らの手にはそれぞれソニックグレイブが握られている。それを振り上げ、大きく裂けた口を開く。

「もっとしっかりと訓練するんだな……隙だらけだぜ」

稲妻。その名前に決して驕りなど無い。ケンイチはマゴロクEソードを振るう。

ズバッ!!

肉の裂けた音が鋭く響き渡る。

振り上げた一体のKAMUIの腕が、肩から切断された。

KAMUIのパイロットが僅かに動揺するのが分かる。5体1だから、簡単に勝てるとでも思ったか?舐めるなよ。

続いて違うKAMUIに剣を突き刺す。深深と首筋に突き刺さり、その機体は崩れ落ちる。

まずは一体―――

INAZUMAは一旦離れて、相手の様子を覗う。

腕を切り落とされた機体を庇うように残りの4体は陣形を組む。

ケンイチは空いている左手でパレットライフルを拾い、そのまま片手で撃つ。

KAMUIもA.T.fieldで防御するものの、完全に防戦一方。

こちらが有利。本当に雑魚の固まりか、ケンイチは少しだけ口元に笑みを浮かべた。

このままでは全滅だということに気付いたのか、KAMUI達は強引に弾の嵐を掻い潜り、特攻をかける。

「ふん……」

またパレットライフルを捨て、マゴロクEソードを構える。

INAZUMAがKAMUIの視界から消える。

正確にはいるのだが……見えない。それほどに速かった。

ヒュッ!

風の音。

吹いたと思ったら、次の瞬間には二機のKAMUIの首がずるりと転げ落ちた。

残りはもう二機。ライフルを持っているのと片腕の奴。

一体のKAMUIは殆ど恐慌状態に陥り、何も考えずにただライフルを乱射する。

ケンイチはそれをA.T.fieldで楽に受け止め、また拾い上げたパレットライフルで迎撃。

A.T.fieldを張れるような精神状態では無かったのだろう、劣化ウランの銃弾に頭を撃ちぬかれて沈黙する。

ライフルを持っている奴の最期を確認していると、後ろに片腕の奴が迫っていた。

残っている左腕だけでソニックグレイブを上げ、ケンイチの命を奪うべく振り下ろす。

「くっ!」

ぎりぎりのところでそれを避け、振り向きざまにゼロ距離射程でパレットライフルを撃ちこむ。

頭部を破壊され、最後の一体であった片腕も撃沈する。

「なんだ、楽勝じゃないか……」

ケンイチは、ふう、と安堵の溜息を吐いた。

「こちら北川機です。指示を」

 

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