C−part

 

 

「北川さん……すごく強いんじゃ」

マサキの正直な感想だった。

mk2のエントリープラグ。戦うためではなく逃げるための搭乗であるマサキとは違い、ケンイチは戦った。

それも5体を一人で……

隣りにはミクのINAZUMA。目を引く真っ赤な塗装も夜の闇に紛れて分からない。

逃げ出す準備はしっかりと整っていた。あとはケンイチの合流を待つだけだ。

敵はケンイチが全滅させたのだろう。レーダーに赤い点は無い。

そのまま敵の追撃が無ければ簡単に逃げられる。敵がいなければ、だが。

『マサキ君、そろそろ行きましょう。北川君も途中で追いつく筈だわ』

通信機のスイッチが自動で入り、ミクの声が聞こえる。

マサキは、そうですね、と返すにとどめ、自分からは何も言わなかった。

通信が切れ、ミクのINAZUMAが動き出す。それに続いてマサキも。

ケンイチの事が気になったが、ここで待っていても仕方が無かった。

 

 

 

ケンイチのINAZUMAはレーダーを広範囲に起動させる。

敵の影は無い。味方を示す青い点があるだけだ。

INAZUMAを歩かせる。

早く瀬名一尉達と合流しなければ……。ケンイチは額の汗をぬぐい、操縦桿を強く握る。

……ん?何かが夜の闇の中で蠢いた、ような気がした。

気のせいだよな。レーダーを再び見る。

ほら、何も無い。安全だ。それを気のせいという事にしてケンイチは歩き出すも……

「何!?」

目の前に現れた巨人の影は、明らかに幻などではなかった。

すぐさま暗視スコープを起動させ、ケンイチはその機体のデータの照合を行う。

いや、青い塗装に単眼、照合するまでもなくその機体には心当たりがある。

EVANGELION零号機……。使徒戦争時に稼動していたEVA・プロトタイプ。そんな事は誰でも知っている。世界で最初のEVA、ご丁寧に作りなおしたのか。

それにしても、こいつは何故レーダーに反応しない?

ケンイチは動揺するも、ここでオタオタしてはマサキ達が危ない。

マゴロクEソードを構え、距離を取る。

この状況で出てきたからには、UNの、NERVの手の者だろう事は考えるまでもない。第一、腕にはNERVのマークがある。

なるほど、さっきの奴らはただの囮で、本命はコイツだったか……

恐らくは稼動テストかなんかで丁度ここの近くにいたのだろう。それを引っ張り出してきた、という事か。

ケンイチは相手の動きを見ながら、何が起こってもすぐに反応できるように身構える。

零号機の手には何もない。テスト用の物を引っ張り出すのだから、まだ武装の整備は出来ていなかった、という事か。

それが救いのようだった。こちらはもうそれなりに消耗している、それに相手はPTでなくEVAなのだ。

マサキ達を呼べばいいだろうか?マサキとミクと三人でかかれば倒せる可能性もある。パイロットがマサキとはいえ、EVAがいるならば。

……いや、駄目だ。簡単に子供に頼るとは情けない。マサキを死なせない、とか言っていたのは何処の誰だ、自分から戦場に連れこんでどうする。

「こいつは俺が……倒す」

口に出す。

ケンイチは覚悟を決めると、剣を構えて突進する。

零号機は何も動作らしい動作をしなかったが、ケンイチの攻撃をするりといとも簡単に避けて見せた。

A.T.fieldすら使わないとは……クソが!

続いて斬撃をしかける。しかし、それも簡単に、少しのステップだけで簡単にかわす。

その俊敏さを持って零号機はケンイチの真後ろにまわる。

「く……しまった!」

零号機はINAZUMAの背中に正拳を食らわせる。

EVAのパワーで殴られたINAZUMAは、数10メートルは吹っ飛んでうつ伏せに倒れる。

すぐさま起き上がろうとするケンイチ。ズキリとした痛みが背中を襲う。

衝撃で落としてしまったマゴロクEソードを拾い上げ、ヨロヨロと立ち上がる。

零号機は特に動く気配を見せない。こちらを完全に馬鹿にしているのか、何か動いてはならない理由でもあるのか。

「くそ……」

ケンイチはウエポンラックからニードルを射出する。

数本の針が零号機を貫く……事にはならず、それをまた俊敏なステップで避け、ケンイチの周りをグルグル螺旋を描きつつ近づく。

……速い。追い切れない。

音速とか光速とか……こんな次元なんてとっくに超えてしまっているのではないか?実際ならこんなことなんてありえない筈なのだが、ケンイチにはそう思えてたまらなかった。

EVAとPTの違いは確かに大きい、しかしそれを差し引いてもコイツは……物凄く強い。

零号機がいつの間にか眼前に迫る。

ケンイチに反応する暇も与えずに回し蹴りを繰り出す。顔面を蹴り飛ばされて吹っ飛ぶ。

「機体の損傷度が60を超えたか……ヤバいな」

逃げればいい、と考えていたがそれは不可能のようだ。援軍などそれが来る前に自分は終わりだ。

死の覚悟はある。しかし、今回は勝手が違う。

零号機のスピードならマサキ達に追いつくのにさして時間は掛からないだろう。

それをさせるわけには……

ケンイチはどこか吹っ切れた表情をして、パネルを操作した。その後、通信機を起動した。

 

 

 

「あの……何かあったんじゃ……」

まだケンイチのINAZUMAは追いつかない。心配気にマサキは言う。

それは開きっぱなしにしていたミクの通信機が拾っていたが、ミクにはなんと答えるべきかが分からなかった。

レーダーには敵の影はない。だから安全……のはずなのだ。

それなのに、何故かマサキは言い様の無い不安を感じた。

『ここから引き返すわけにもいかないわ……進みましょう』

内心での不安はミクも感じていたが、極めて無表情に、淡々と答えた。

その時、通信が入った。

 

 

 

「北川です……聞こえていますか」

零号機が迫る。それから逃げまわりながらケンイチは口を開く。

『北川君!?一体どうなっているの!』

ミクの声。心配と不安が半々に入り混じっている。

「増援です……やられました。EVAです、レーダーにも反応しちゃくれません。しかも零号機ですよ」

零号機の手刀。INAZUMAの左手首が切り落とされる。

その痛みに耐え、ケンイチは右足で蹴り上げる。

少しは牽制の効果くらいはあったらしい、当たりはしなかったが少し零号機は距離を取った。

『零号機?一体何が……』

マサキは通信に割りこむ。

ただならぬ事態に直面しているのは分かる。しかし、それが何かが分からない、それが苛立たしかった。

「ちょっとばかり、ヤバい状況って事さ」

実際は、ちょっとどころでは無いのだが。ケンイチはこんな事態だというのに笑えた。

零号機が今度はジリジリと近づいてい来る。

「けどまあ……何とかなる」

『……何をするつもり?』

不意にミクが問いかける。

「別に……取り敢えず、奴を倒します」

『どうやって倒すつもり。INAZUMAではEVAには勝てないわ……』

鋭いな、もう感づいているのか。ミクの勘の鋭さに舌を巻く。

硬くなった彼女の口調など気にする風も見せず、ケンイチは飄々として答える。

「何とかしますよ」

 

 

 

「そう、何とかする……」

ケンイチは零号機を見据えた。

その一つ目が何となく自分を馬鹿にしているような気がした。

マゴロクEソードもパレットライフルも捨てたまま、ケンイチはパネルを操作する。

カチャカチャとキーボードの上で軽快に指が踊りまわる。

零号機が突進する。青い残像すら残してはくれないその動きは、ケンイチには捕らえられるものではなかった。

INAZUMAはまた吹っ飛び、仰向けに倒れる。

それでもケンイチは指を止めない。

「あと、少し……」

最後のENTERキー。それを押せば完了だ。

さあ、こっちに来い……その時がお前の命日だ。

ケンイチは笑った、声に出して。理由など彼本人にしか理解し得ぬものであったが、とにかく笑っていた。

どこか皮肉げで、悲しげな笑いであった。

『北川さん!』

マサキの声。

ヤバイな、頭が狂ったとでも思われたか?それは少々困るな。

ケンイチは努めて明るく。

「何だ?」

『何だって……一体何をするつもりなんですか』

ケンイチは流石に声に出して笑うのはよす。

「大した事じゃない。ちょっとアレを始末するのさ」

それでもまだ顔は笑っていた。自分でも何がそんなにおかしいのか分からない。

零号機はまだ警戒しているようで、こちらには来ない。

『けど、INAZUMAではEVAは倒せないって』

「ただ一つの例外を除けば、な」

マサキの言葉を遮って。

「俺はその方法を使う。お前らは早く逃げろ、そこらへんにいたら危険だ」

『え……そうじゃなくて』

「俺の事は気にするな。俺は戦士だ、戦いで死ぬ事は覚悟している」

我ながら遺言だな。まあ、似たようなもの何だろうが。

『それって……』

「お前は強くなる。しかし今のお前はただの雑魚、修行が足りないんだよ」

マサキの言葉を無視して、にこやかに。

「覚えとけ。死にたくなかったら……もっと訓練を積め」

通信を切った。

もうそろそろ……か。

ケンイチは零号機を睨んだ。零号機はジリジリとこちらに近づいてきていた。

 

 

 

「北川さん?北川さん!」

マサキはマイクに向かって叫ぶ。

接続対象を失った通信機は、ただノイズを発するだけで何の役にも立っていない。

『マサキ君……いきましょう』

それは、行きましょう、か、生きましょう。どちらにでも取れる言い回しだった。

ミクはケンイチの行動を理解した。マサキも理解はしているのだろう、ただ認めたくないだけで。

何も言わずにマサキはmk2を歩かせミクに続く。彼女も無言だった。

カッ!!!

辺りを光が照らし、まるで昼間のように明るくなる。しかし、それも一瞬の事だった。

二人は振り返らず、前に進んだ。

 

 

 

自爆。

なんとまあ格好良い。あんまりやりたくなかったけれど。

零号機を最大限に引きつけて、スイッチを押す。

それだけの事だ、それだけでいい。

指が震えた。笑いが止まらなかった。

死ぬ事が恐くて、もう気が触れてしまっているのか。それともマサキ達を逃がせる事が嬉しいのか。

多分、それもある。

それ以上に……NERVのお偉方に一発かましてやれる。それが嬉しいんだろう。

正義も何も無い。ただの復讐、あるいは自己満足。

NERVは俺から全てを奪った……家族も、友人も、何もかも。SEELE狩り、そのターゲットは俺だった。

何がどうなったのか知らないが、保安部の強面が俺を囲んで、NERVに強制連行した。

それはただの脅し。大体根拠もクソも無いんだから、実刑だと言われても納得できんが。

しかし、俺の周りは変わってしまった。家族はSEELE野郎の身内とされ、仲の良かった友人も次第に遠ざかっていった。

理解してくれる人もいた。しかし、そんな人達こそ奴らにとっては『SEELE』だとさ。NERVが絶対正義……ふざけるな。

 

だが、もういい。正義も何も無い、全て俺が吹っ飛ばす。

 

最後のスイッチを押した。

音が消えた。一瞬で鼓膜が破れ、何も聞こえなくなってしまっていた。

零号機の装甲が、まるで飴のように溶けていくのを見た。それがケンイチの最後に見た光景だった。

 

暗闇。意識はまだ何秒かあるようだ。

思った。マサキには俺みたいな真似はしないで欲しい。怨恨なんて、結局は自分を不幸にするだけだから。

思った。マサキの射撃、もう少し誉めてやれば良かったかな。

思った。瀬名一尉、マサキをしっかり引っ張ってやって下さい。

……おいおい、マサキの事しか無いじゃないか。彼女の一人でも作っておけば良かったかな?

睡魔に似たモノが襲う。

北川ケンイチは、絶命した。

 

 

 

『それが、アタシ達の日常よ……』

独り言のような、かすれた声。

「……………」

何も答えないマサキに、ミクも何も言わずに。

『覚悟、か……。マサキ君の場合は、君の犠牲で何とか賄えた、ようね……』

今度こそ完璧な独り言。思わず口に出てしまった、という口調だった。

 

空が明らむ、もう朝だ。

山の向こうから朝日が昇り、草木は爽やかな風に揺れる。

そんな光景をぼんやり眺めながら、マサキは何も言わず、ただ歩いていた。

 

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