B−part

 

一日が過ぎた。街の様子は何も変わらない。今日も晴れた空に太陽が浮かび、公園には健康的な緑が広がっている。

マサキは同じようにベンチに座った。他にもやる事はあるのだが、何もする気になれなかった。誰にも咎められる事が無かったのでこうしている。

無意識の内に青い髪の少女を探す。特に意識していたのではないが、何時の間にかキョロキョロと辺りを見まわしている。

そんなマサキを不信げに見る者もいたが、マサキはそんな視線に気付く様子を見せずに、視線を動かす。

俺は何をやっているんだ……

際限無くテンションは落ちる。自己嫌悪。

ついさっきまであんなだったくせに、もう女の子を追っているのか。最高に馬鹿だ……

一人でいると、とことん自虐的になれる。マサキは頭を抱えてうずくまりたい気分になった。

それに、見たとしても何をするというのだ。赤の他人なんだぞ。

……下らない。考えるのは止そう。

マサキは強引に思考を停止させ、目を閉じた。数分間の瞑想。それは彼にしてみれば黙祷に近い性質のものだったのかもしれない。

周囲がザワザワとしているのを感じる。人体は、目を閉じていても耳を任意で閉じれるようには出来ていない。

ゆっくりと気だるく目を開ける。

騒ぎの中心は一目瞭然だった。人だかりが、公園の中央に出来ている。

鬱陶しい。瞬時に固まる思考。

マサキは立ちあがる。そのまま人だかりに向かっていく。

人の波を掻い潜って中心部に到達する。

「んだよ、見世物じゃねねえんだよ!」

怒声が響く。

中心部にいた男は、周りの人垣に対して精一杯に声を張り上げる。

あまり素行の良さそうでない男が数名。それに囲まれている少女が一人。何とまあ、典型的な状況だろうか。

マサキは冷めた目でそれを見た。しかし、数秒後にその表情は変わる。

少女の顔を凝視する。……いや、見るまでもなく分かる。

青い髪の少女。不良に絡まれているのは彼女だった。

彼女が何故絡まれたのかはよく分からないが、どうも彼女は不良をまともに相手取る気が無いらしく、無愛想に表情を変えない。

さんざん怒鳴っていても、それではのれんに腕押しでしかない。周りからも失笑が漏れる。

どうするか。少々迷ったマサキだったが、すぐに答えは出た。

人形のような少女の手を取り、彼は問答無用で駆け出した。周りからの声や不良の怒声には目もくれなかった。

 

 

 

裏通りまで来てしまった。不良は追ってくる気配は無い。

マサキは殆ど勢いのみで連れてきてしまった少女を見た。それなりの距離を走ったはずなのに全く息を切らしてない。それどころか汗一つかいて無いように見える。

相変わらず表情は乏しい。人形、という表現があながちただの蔑称ではなく、当てはまっているとマサキは思った。

彼女の赤い瞳がマサキを捉える。彼は、それに対して、思わず一歩あとずさってしまった。

彼女の視線は興味からのものではなく、ただ目の前のモノを認識するだけの作業……つまりはビデオカメラのレンズのようにすら感じられた。

そんなマサキを少女は気にするでもなく、ただじっと見詰めている。そして口を開く。

「アナタ……誰?」

一言だけ、ぼそりと。

あまりにも単刀直入なその言葉に、マサキは面食らった。

「え……ああ、別に怪しい者ってわけじゃ……」

不審者だと思われたのかも知れない、自己弁護を試みる。

その努力は意味があるのかないのか……。少女の表情からは何も読み取る事が出来ない。

「私に何か用?」

さらっとした言い方に、マサキはどこか彼女の警戒心を感じた。この状況では当然とも言えるが。

「別に、用があるってわけじゃないんだけど……君が困ってたと思ったから」

「困る? 分からない……」

「分からないって、訳分からないヤツらに囲まれてたら嫌じゃなかったの?」

「……分からない」

マサキは首を傾げた。どうも彼女の言うことはギャグではなさそうだ。無表情のままぼそりと呟くように言うのだし、第一マサキと彼女は冗談を言い合う仲でもない。

ギャグで無い、という事は真剣であるという事で。

マサキは彼女を驚きと共に見詰める。彼女はそんな視線を介さず。

「じゃあ、私は行くわ」

「あ、ちょっと!」

呼び止めて何をしようというのか。何も考えていなかったが、咄嗟の行動として出てしまった。マサキは無性に彼女が気になった。

恋愛云々、という意味とは少し違う。おかしな既視感をどうも感じる。

何処かで会ったかな……? しかしマサキには青い髪の少女に知り合いはいない。

頭が混乱しているマサキを尻目に、少女は立ち去った。

 

 

「帰還しました」

少女は無機質に告げる。

特務機関NERV兵器実験所。冷たく光る銀色のドアを開ける。

 

ここが第三新東京に置かれず、こんな辺境の地にあるのも、ひとえにこの活動内容が原因だった。

兵器実験所、と名乗るこの施設の役割は、文字通りに兵器の実験だった。

中でもEVA、PTがらみの重要兵器……。S2機関という危険極まりない動力で動く兵器がメインなのだ。

本部に設置して事故でも起こされていたらたまったものではない。

EVAだろうと、PTだろうと、データに基づいた運用方法ならば全く問題は無い。危険などないのだ。

しかし、そのデータはどうする? そんな問題を解決するための施設だから、堅固という意味では、NERV本部をも凌駕していた。

 

中には、数十人もの人間が忙しなく動いている。

本来ならここで色々な実験が行われているのだが、今は違った。

PTが『実験用』でなく『護衛用』に存在するのだ。それだけですでに勝手が違うというのに、ケージには何十機もある筈のPT、EVAは無く、真中に一気が鎮座しているだけだ。

それは青い装甲に赤い単眼、紛れも無いEVANGELION零号機。

零号機は数十人の科学者の手によってメンテナンスを受けている。彼らは、丁重に「お客様」をもてなしているようにも見えた。

「レイちゃん……。彼とは知り合いかい?」

常時監視されている事は承知の上だろうと、日向マコトは唐突に少女に言った。

「いえ……違います。それについては、後日レポートを提出します」

素っ気無い答え。

……変わっていない。あの時から、ずっと何も。

日向は昔を思い出す。

レイ……いや、「ファーストチルドレン」という少女は、絶対に変わらないのだろう。時間すら彼女を変える事は出来ないのだろう。

『綾波レイ』という少女は、「あの時」に死んだのだ。少なくとも、自分達は彼女を「殺す」道を選んだのだ。

「俺には……感傷に浸る資格すらないな」

「……日向一佐?」

綾波レイが、日向を訝しげに見ている。

「いや何でも無い。では、もう用事は無いから休憩していいよ」

無言でレイは去る。その後姿が日向は直視できなかった。

「結局……歴史は繰り返される、というのは間違い……本当は、時間が過ぎる度にひどくなって……まるで雪だるまの様に……」

日向は目を伏せた。自分は、何をしているのだろう。分かっているのだけれど……分かりたくない自分がいる。

唯一の救いは、命令以外の行動は起こさなかった彼女が、最近になって外へ散歩に出ているということだろうか。何が目的なのかは知らないが、それでも、少しでも「人間らしく」振舞ってくれる彼女に、密かに喜んだ。

それで自分が救われるのは、図々しいとは承知している。しかし、喜んでしまう自分も確かに存在していた。

 

 

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