D−part

 

 

「……瀬名一尉」

「聞いてるわ」

ミクは視線をそっぽに向けたまま、男の言葉に答えた。

ここは何の変哲も無い街中。誰も、彼女らを気に留めなどしない。

「『彼』の動向……変化無しです。それと」

「何?」

「ファーストチルドレンについて、お話が」

 

 

 

「君の名前は、何て言うんだい?」

今日も天気がいい。公園には沢山の家族連れやカップルで賑わっており、彼らもまた、どの一部と化していた。

「……分からない」

マサキは、目の前の少女を見詰めた。表情は、相変わらず無い。

よほど堅い表情筋をしているのだろうか。自分とは顔の構成物質が違うのかと勘ぐりたくなるほど、彼女は能面のような顔だった。

髪の毛は青く、瞳は赤い。その特徴は良くも悪くも彼女を目立たせるものであったが、今は悪い方にしか働いていない。

「けど、君から話しかけてきたのに……」

マサキは思う。彼女のことは、知れば知るほどわけ分からなくなっていく。

「……何となく、そうしなくちゃいけない気がしたから」

「何の用があるっていうんだ……」

これは、彼女への質問ではなく、ただの愚痴だった。彼女には先刻、訊いたのだが「分からない」としか返って来なかった。

「私は……」

「何?」

「…………」

しかし、彼女への淡い憧れは、未だに消えない。自分でも、何か病的な執着にすら思えた。

「………………EVAの、」

「え、よく聞こえなかった」

もう一度言ってくれないか? マサキは続けた。

「いえ、何でもないわ。また明日、安藤くん」

彼女は座っていたベンチから立ち上がり、すたすたと一定の歩調で去っていった。

「……何なんだ?」

それをただ呆然と見送るマサキ。あまりの唐突さに、思考が停止してしまった。

「……けど」

また明日、と言った。明日ここに来れば、彼女に会えるのだろうか?

明日も来よう、とマサキは思った。どうせ楽しい会話どころか、マトモな会話すら出来ないだろうと確信していたが、それでも彼女に会いたかった。

 

 

 

「……どうせ、碌な事じゃないんでしょ?」

「そうなりますね」

男は、ふう、と一息ついて。

「我々の潜入班からの報告ですが、葛城指令が不審な行動を取っているとの事でした」

「そんなの、珍しくもないでしょ?」

「そうです。だから我々も軽く見ていました。しかし、瀬名一尉の確認したEVA零号機……それのパイロットを確認すると、恐るべき事が分かったのです」

「……まさか、生きてた、とか?」

誰が、とは言わない。言わずとも分かるから、口に出したくなかった。

「……それなら、まだ良い方ですよ。葛城指令は、再び造ったんです」

ミクは、天を仰いだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに、笑いたくなってきた。

「……本当に、進歩の無い」

歴史は、確実に繰り返していた。

 

 

 

『零号機の整備施設は、この近辺にある―――』

部下の言葉を反芻しつつ、ミクはアジトに帰った。

全く、どこも人手が足りていない。

戦闘にも、後方支援にも、ヒトは沢山必要だというのに。静まり返った古びたビルをぐるりと見て、ミクは溜息を吐く。

「……あ、お帰りなさい」

マサキが、ぼんやりと通路の真中で突っ立っていた。ミクに気付き、端に寄る。

「ええ……」

そのまま通り過ぎようとしたミクだったが、マサキの様子がおかしいのに気付いた。

いつもよりも、覇気が無いというか、眠たそうにしているというか。どこか変だった。

「どうかしたの?」

「ああ、いえ、ちょっと……」

マサキは苦笑した。

「……ちょっと公園で、変な女の子に会って」

「女の子お?」

即座に内容が理解できた。しかし、普段ならアホらしいと一笑に付したかもしれないが、今は気分転換にマサキの色恋話でも聞こうかという気分になっている。ミクは先を促した。

「ちょっと髪の毛が青くて、目が赤い子なんです」

そして何考えてるのか全然分からない子で。

マサキの話が、気分転換になるわけも無かった。

 

「……それで?」

マサキは戸惑った。

ミクの表情の変化。やや憔悴していたようなそれは、一気に厳しいものに変わったからだ。

「え、あの……何ですか?」

マサキの言葉に、ミクは慌てて表情を直す。強張っていたのをやっと彼女は理解した。

「いえ……大した事じゃないわ。ちょっと、知り合いにそういう人がいてね」

明らかに『大した事』だろうとマサキは思う。ミクは無表情を作るのが苦手なようだった。あの少女には呼吸をするよりも簡単だろうが。

「そう、ですか」

納得はしていなかったが、マサキは頷いた。

「ええ……ところで、その子の名前は?」

「いえ、教えてくれませんでした」

嫌われているのかなあ、と考えて気が重くなる。

「そう……それは残念ね」

しょぼくれたマサキを見て、ミクは微笑んだ。歳相応のマサキを見るのは、随分久しぶりな気がした。

ミクの内心など知る由も無く、マサキは明日も少女に会うのだと思い、期待と憂鬱を一挙に抱えていた。

 

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