『3』
ニュースでは台風が迫っているとか騒いでいるのに、今日も空は青く、日差しが僕を照りつける。
いつもと同じく、今日も屋上で一人。
けど今日は考えてみた。
彼女は不可解なのだ。
何故自分に構うのか。彼女は馬鹿な僕に構ってやる事で自己満足に浸りたい、という人ではないと思う。
では、何故? それ以外に理由など思いつかないのに。
けど、彼女は今日も来るだろう。そして黙って僕に昼飯を差し出す。もう半ば習慣と化している。
風が吹いた。それは清々しく屋上を通り過ぎていく。
鬱陶しいな。その程度の感想しか持たなかった。
無意味に下界を見下ろした。ぼんやりと手すりに寄りかかって、眺める。
「……あ」
知っている顔。ついさっきまで脳裏に浮かんでいた人物が目に飛び込んできた。
何やっているんだろう?
今は授業中だ。だというのに彼女は校舎の裏の人気の無い場所で、一人佇んでいた。
何となく既視感。それは。
「確か、前にも」
彼女は一人で佇んでいた。
いつもそうやっているのだろうか?
多分、そうだろう。あの様子なら容易に推測できる。
ああ、そうか。
僕と彼女は、似た者同士だったんだ。
「何で、毎日ここに来るの?」
もう一度訊いてみる。はぐらかされないように注意して。
「深い意味は……」
「無い訳ないだろ」
彼女は黙った。
少しの間、お互いに沈黙。風が木々をガサガサ揺らす音が耳障りだ。
「……貴方が、ここにいたから」
私の場所だったのに。と彼女は続けた。
「私の場所は、ここだった。だから、貴方を私の一部にしなければいけなかった」
訳分からない。
「……別に、気兼ねしてくれなくてもよかったのに」
どけって言われたらどく。別段ここに思い入れがあるわけでもない。
「けど、分かるから」
何がさ、と僕は訊いた。
「この場所の、心地よさ」
一年の最初からここにいたと彼女は言った。暫くの間、学校を休んでいたのでいなかったとも。
「……だから、共有しようとしてくれたの?」
「……うん」
彼女は頷いた。
「ここに来るのは、何時も馬鹿だけだから」
彼女は続ける。
「貴方は、何でここが立ち入り禁止なのか知ってる?」
「知らないよ」
「じゃあ、ここで自殺者が出たことも知らないわね」
肯定した。
「それも一人や二人じゃない。この学校の歴史の中で、もう十人近くも」
「呪いとか?」
おどけてみたつもりだったが、彼女は笑わなかった。
「いいえ。ここは悪くない。ただ、居心地が良過ぎるだけ」
彼女は空を仰いだ。真っ青な空を見て少しだけ目を細める。
「綺麗だから。誰もいなくて、その世界を独占できるから」
「……どうでもいいけど、今日はよく喋るね」
話が変な方向に流れそうだったので、無理矢理にでも変えようと思った。
しかし。
「ええ。私は貴方にそれを言いたかった。けど、今まで言うチャンスが見つからなかったから」
もしくは、言う勇気が無かった。
「……ふうん」
それで、どうするつもりさ。と僕が訊くまでも無く。
「ねえ……死なない?」
何となく予想がついていたことを、彼女は口にした。
「何で?」
「何で?」
僕の言葉をオウム返し。
「じゃあ、何で生きているの?」
言葉に詰まる。けど、それは死ぬ理由じゃない。
「私はつまらないの。生きているのが面倒なの」
電波、の一言で片付けるには、彼女の声は切実に見えた。
多分、何かいろいろ悲しい過去とか苦しい思い出とかが彼女には沢山あるんだろう。けど。
「僕には、関係ない」
そう、関係ない。彼女が死にたいなら、僕の目の届かないところでひっそり死んでくれればいいんだ。僕には死ぬだけの度胸なんて無い。
「そう」
彼女は能面のような表情で言った。
「さよなら」
そして、そのまま、フェンスに走り寄り。
「な……!」
彼女の体が宙に浮く。
空を飛んでる?
違う。落ちているだけだ。
という事は死ぬ。彼女の望みが叶う。
腹立たしかった。
彼女が身勝手だと思い、同時に妬ましく思った。
僕には、死ぬ度胸も生きる根性も無いのに―――!!
何で、僕の目の前でそんな事するんだよ。
そんな事されたら、生きるのがもっと辛くなるじゃないか。死ねないんだから、生きるしかないのに。
「ふざけんな……」
無我夢中だったから、自分が何をしたのか覚えていない。
しかし、多分、人の邪魔でもしてたんだと思う。
『4』
結構な大事になってしまった。
そりゃそうだ。女生徒が屋上から飛び降りようとしたところは、見事に目立ていたのだ。
彼女の名前は、全校で知らぬ者のいないほどに有名になった。何とまあ僕まで。
今度こそ屋上は完全閉鎖だそうだ。僕の持っている鍵も没収された。スペアを作らなかったことを後悔した。
そして、ついでに報告。
彼女は生きている。
今では僕も普通に授業を受けている。
あの屋上での日々は、結局は「せいしゅんのいっぺーじ」とかいうヤツとして軽く処理されてしまって、僕は窓の外の空しか見てない気がした。
教室が息苦しいのは多分気のせいだろう。屋上に比べるなら劣りもするだろうが、換気は出来ているはずなのだから。
けど、なんか、鬱陶しい。変なドロドロが体に巻きつく感じ。
しかしこれにもいつか慣れるのだろう。もしくは、自分自身がそのドロドロの一部になるかして。
ああ、鬱陶しい。今の気分を一言で表すとこうなるのだ。
結局、彼女の「暗い過去」を僕が知ることはなかった。それどころか本当にあったのかも定かでないし、彼女自身はケロッとして学校に通っているのだ。
一体何なんだ。
一度だけ、帰り道で彼女に話しかけたことがある。その時の会話は、もう覚えていない。どうでもいい事だったんだろう。
学校を出るのは、僕はとても早い。友達なんて一人もいないし、教室から一刻も早く出たいからだ。チャイムとともに下校するといっても過言ではない。
だから、下校時刻の早さでは僕に勝てる者はいない、と思っていた。
しかし彼女は。
いつも僕の前を歩いている。
ごく偶に、話しかけようかと思うときもある。
けど、どうせマトモな会話にはならないんだろうなあ、と思っているから、ただ彼女の背中を見ているだけ。
彼女のほうも僕の存在には気付いているだろうが、黙々と歩いている。
風が吹いた。
彼女の髪が揺れる。僕はそれをぼんやりと見つめていた。
<完>
あとがき
どうも、kazamaです。
ええと、その、何というか……何のプロットも立てずに書いた小説ってのはこうなります(何
自分でも何がしたいのか分からんです(死
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