帰り道



 高校二年、真夏の日。
 というといろいろと思うこともありそうなものだが、せいぜい制服のシャツが半袖になったという程度の実感しかない。
 阿呆みたいに晴れている空など意地でも見上げてやるものかと、俺は頑なに前だけに視線を向けていた。
 俺は帰りのホームルームが終わってから、真っ先に下校する。
 学校という場所はとりたてて嫌いではないのだが、どうにもこの制服というモノが好きになれなかった。
 何故かしらないが、得体の知れない圧迫感があるのだ。だから俺は、そいつをとっとと脱ぐために一刻も早く家に帰る事にしている。
 学校から最寄り駅まで、20分程度の道を歩くことになる。
 その無駄に広い敷地のせいで、都心部に建てられなかった我が学び舎は、公然のように交通の便は悪い。
 歩いたり電車に乗ったりバスに乗ったりと、なんとも鬱陶しい毎日である。


 愚痴ばかり言っているが、学校に通う毎日に、何の楽しみも無いというわけではない。
 俺は、明日は何かがあるかなあとか、そういうことをよく考える。
 どこかの哲学者か何かも言っていたが、それこそが人間の生きる活力らしい。
 俺もそれには心の底から同意する。
 むしろ、それすらなくなったらどうやって生きていくのか、とすら考える。


 前置きばかりが長くなった。
 俺は前を見て歩く。電柱にぶつからないようにするためだけではない。
 彼女を見ていたいからだ。
 長い黒髪が印象的な子だった。
 それが太陽光の熱をかなり吸収しそうで見ているこっちも暑そうになってくる。
 俺と彼女は常に10メートル程度の感覚を開けて歩いている。
 アスファルトだから、お互いに足跡は残らない。
 俺は彼女の歩いた跡を頭の中で浮かべつつ、それに沿って歩いてみる。
 彼女はこれまで一度も振り返ったことは無い。
 制服からして、俺の学校の生徒のはずなのだが、誰かと一緒だった事もない。
 声をかけようか、と毎日のように思う。
 しかし、明日でもいいか、と毎日のように思いなおす。
 そんなこんなで、今日も炎天下の中、俺は彼女の背中を眺めながら歩いている。


 彼女は俺と同じく地下鉄に乗るが、俺とは逆方向に帰る。家が何処だかは知らない。
 電車を待つ時、よく文庫本を読んでいる。
 それに倣って俺も適当に読書でもしてみようと思ったが、つまらなくて三日ともたなかった。
 それでも、文庫本だけは鞄に入っている。
 ほとんど読まれない、ただの重りなのだが。


 彼女の歩調は俺とほとんど同じだった。
 俺がいつもどおり歩けば、この10メートルの距離は保てる。
 彼女のほうは、俺に気づいていないのだろうか。
 もし気づかれていたら、ひょっとして毎日ついてくる俺のことを気味悪く思っているかも知れない。
 いや、有り得ない。
 だったら下校のルートを変えるくらいはするだろう。


 今日こそ、彼女に声をかけてみようかと思っている。
 少しばかり早足で歩けば、彼女に追いつくのは容易い。
 駅まであと5分程度で着く。彼女はほとんど真っ直ぐ電車に乗る。寄り道はほとんどしない。
 俺はどうしようかと考えた。
 残された時間はあと五分。そういえば、昨日もこの辺でこんなことを考えた。
 少し早足で歩き、彼女に近づいた。
 10メートルの距離が縮まる。
 それでも彼女は俺に気づいた様子も無く、淡々と歩いている。
 手が届く距離まであと数歩。
 声をかければ彼女は振り向くだろう。
 俺は、口を開きかけて、しかしやめてしまった。
 彼女の横をすり抜けて改札に定期券を通す。
 ……あーあ。
 今日も駄目だったか、とため息をついて、俺は鞄からヘッドフォンを引っ張り出した。


<完>

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