LOSTWORLD

 

 

 

 

 

 

 田中圭吾は溜息を吐いた。いい加減、ここにいても無駄だろうか。そんな心を込めて。

 彼の通っている学校。今は朝。一日の始まり。静寂。不自然なまでの。

 今日は平日……だっただろうか? 日付を数える事は数日前に止めてしまったから、今日が何日なのかは分からない。

 窓の外には閑静な住宅街が広がり、校庭には太陽光を浴びる深い緑、のどかな情景が広がっている。

 ぼうっとそれを見詰めて過ごすにも、飽き飽きしている所だった。

 この学校――緊急時には避難場所として使用される筈の――にも見切りをつけ、新天地に旅立つ方が得策ではないのか?

 しかし、どうも動く気がしない。ここは圭吾にとって馴染みの深い場所で、愛着を持っているのも事実だったが……。

 望みが、何も無かった。どうせ絶望を確認するだけなんだ、と既に確信しきっていたのだ。

 

 少し過去の話をする。

 圭吾は、遅刻寸前の時間になっている事に気付き、慌ててベッドから飛び出した。いつもの制服に着替え、大急ぎで鞄を持って外に出る。

 しかし、何で寝坊を?

 いつもは寝坊しそうになったら母が起こしてくれたというのに。

 違和感を覚えた。

 それは、外に出てもっと浮き彫りにされる。……静かすぎるのだ。

 何の足音も話し声もしない道。風音だけが無気味に響く。

 自分の足音がひどく大きなものに聞こえた。何だろうなあ、と圭吾は思ったが、深くは考えない。こんな日もあるさ、という程度に。

 自分以外の人間が消え去っているなど、常人の思考力しか持ち得ない圭吾にとっては不可解極まりない物だったからだ。

 しかし、時が経つにつれ、それを認めないわけにはいかなかった。がらんとした学校について、上手い説明は出来なかった。

はあ、そうですか、人類滅亡ですか?

 悲しみは湧かなかった。寧ろ、何故か笑えてきた。

 スケールが大きすぎて実感が湧かないのか、所詮は夢なんだろ、と思っているのか。夢ならもう少しこの状態を楽しんでいてもいいか、とも思ったり。

 取り敢えず登校して、自分の教室に入った。

 当然ながら無人。ぽつんと一人着席。

 ポケットから携帯を取り出す。友人に繋がらないかと思っての事だったが、それ自体が使えなくなっていた。それの意味する事は。

 考えるだけ憂鬱になるだけだと思い、無言のまま携帯をポケットに戻す。

 静寂。

 何にもする事がない。夢だったらもっとスリリングな内容のが好みなのだが。

 食糧は近所のコンビニにでも行けば腐るほどある――大部分は本当に腐らせるだろうけれど――から、当面のところは死ぬ心配は無い。

 どうせ店員もいないんだろうから何でも取り放題だ。この機会にエロ本の大量入手でもしておこうか。

 それとも、みんなかくれんぼしているだけですか?

 自分がモノを勝手に取ろうとしたらいきなり物陰から現れるとか。「全人類かくれんぼ説」か。それはそれでシュールだ。

 「本当に消えた」「実は夢」「かくれんぼ」今考えられる可能性はそのくらい、か。しかし、時間が経つにつれて後者2つの説得力は低下していく。

 「んなリアルな夢あるか」「何でこんな馬鹿なマネすんだよ」

 とまあ、速攻で論破。「本当に消えた」というのも荒唐無稽で素晴らしいが。

 ぼんやりと圭吾は思索に耽る。状況把握という意味でも、現実逃避という意味でもそれは有効だった。両極端の意味を持つ、摩訶不思議な行為である。

 そうやって数日間を過ごした。

 何も変わらない。普通に日が昇って落ちて、そしてまた昇るだけ。

 強いて変わった場所を探すとするなら、不精髭の生えた圭吾の顔くらいだろうか。しかし本人は鏡など見ていなかった。

 

 現在に話を戻す。

 圭吾は、未だにぼんやりしているだけだった。

 学校にいる意味は無いが、かといってどこかに移動するだけの決心もつかない。

 ここにいれば、誰か友人に会えるかもしれない。

 最高に頼りない最後の砦。

 藁を掴む方が百万倍マシだと自分でも思っていたが、圭吾はそれに縋っていた。

 

 

 

 

 岡本慶子は歩いていた。

 自分の足音の他には静寂しかない繁華街。ヒトの営みの無い街は、とても不気味だった。

 信号機も止まっている。電気の供給か何かに問題が起こっただろうか? 専門知識の無い慶子には分からない。もっとも、交通整理の必要性が無い今、信号機など不用である。だから、気に留めない。

 それに、そんな事よりも大切な事がある。

 ……誰かいないのか。

 叫んだところで返事は無く、耳を澄ましたところでヒトの気配は無い。

 最初のうちは僅かな可能性に賭けていたが、無駄だと痛感している今、彼女はただ歩くだけ。

 何処に向かっている?

 そう訊かれたら、彼女はそう答えるだろう。

「さあ?」

 永いお散歩。もしかしたら、死ぬまで続けるかもしれない。

 ネガティブな考えを振り払おうともせず、さらに深める。

 死んだらどうなるんだろう? 

誰もいないから、道路の真ん中に放っておかれるのかな? そして、どんどん腐っていって……

……やめよう。

さすがに、朽ち果てていく自分を連想するのはいい気分ではない。

数分間、何も考えずにひたすら歩く。

目の前に大きな建物が見える。それは、学校の校舎だった。

入ってみる?

どうせ誰もいないだろ。

速攻で自問自答。

けどまあ、食糧だけでも手に入れば……それに、今日はもう暗いし、ここで休もう。

夜の学校、とくれば……

ああ、お化けだ。学校七不思議という言葉を連想する。

ちょっと怖いかな。しかし……

今は誰でもいい。歩く人体模型だろうと、トイレの花子さんだろうと、自分以外の動くモノを見れば、それだけでマシな気分になれそうだ。

慶子は校門をくぐった。

 

 

 変わらないな。

 今日も一日が終わる。

 圭吾は、保健室から持ってきた布団に寝転がった。直接コンクリートに敷いているので少し堅い。

 食糧の方は沢山調達してきた。当分困りはしないだろう。

 そうしていると、部活の合宿を連想させる。圭吾は帰宅部で、実際に合宿などに参加した事は無かったが、そう思った。

 黒板の「今日の日直」の文字を凝視する。

 日付は止まっている。今日の日直は誰だろうか? 誰も日誌を書いていないだろうから、何処まで回ったか分からないでまた揉めるのだろうな。

 ……まあ、そんな心配は無用だろうけど。

 クラスの喧騒を思い出す。

 圭吾はその喧しい空気が好きではなかった。今でも喧しいのは嫌いだが、ここまでの静寂というのも嫌だ。

 静か過ぎる空間というものは、ヒトを不安にさせるらしい。とうに実感していたが、今もそう思った。

 あーあ、何でもいいから出てこないかな。いい感じに真夜中だ。歩く人体模型もトイレの花子さんも、今こそ出番だろ。

 今なら悲鳴を上げず、むしろ歓迎してやるから。茶のひとつも出してやる。

 とまあ、考えてみるが、当然ながら何の怪異も圭吾の元にはやってこない。

 そんな馬鹿馬鹿しい事を考えてるんなら、図書室から何か本でも持ってくればよかったかな。

 今から行くにも、図書室はかなり遠い。億劫この上ない。

 つらつらとそんな事を考えていた、その時。

 ドアが、ガラガラと音を立てて開いた。

 

 

 この教室は明らかに怪しかった。

 懐中電灯を片手に廊下を歩いていた時、その部屋は見つかった。

 何故か懐中電灯があり、その上布団が敷いてある。そして積まれた菓子の山。

 慶子はその部屋に近づいた。そして、ドアを開ける。

 

 

「……な!?」

 圭吾は絶句する。

 ドアは開いた。しかし、開けた筈のヒトはいない。

 もしかして、本当に来ちゃったのか? 否定出来なかった。

 足音。

 ドアから入ってきて……近づいてくる。

 ジリジリと後退した。しかし、すぐに窓側の壁にぶつかり、逃げ場はなくなった。

 せめてもの抵抗だ、顔だけでも拝んでやろうじゃないか。

 意味不明の思考に基づいて、圭吾は懐中電灯を向けた。

 『お化け』は怯んだのか、足音が止まった。

 

 

 急に懐中電灯が慶子を照らした。慶子の持っているそれは、前方の不自然な空間に向いている。とすると、それは。

 足を止めて、耳を澄ませる。

息遣いが聞こえた。

自分のソレの他に、もう一つ。

有り得ない。

まずそう思った。

この世界に、自分以外の人間がいるのか?

答えはNO。NOと言わざるを得ないのは実感している。

しかし、この状況は?

もしかして幻聴だろうか。

ついに気が触れた?

そんな状況だから、イカれない方がどうかしている。

慶子は何も無い空間を睨みつける。

何も無いはずの空間。しかし、その空間は息をしていて自分に懐中電灯を向ける事が出来るらしい。

そんな馬鹿な。

けど、否定する事は出来ない。目の前にその事実があるのだから。

「ねえ……誰か、いるの?」

 もはや、全てが幻聴でも構わなかった。狂人は幸せ者だ。

 

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