「ねえ……誰か、いるの?」
『お化け』から声を掛けられた。そういう時はどうやって返事をすればいいのだろう。
というか、そろそろ頭がどうかしたのか? そっちの可能性は十分にある。
ま、いいか……。圭吾は気だるげに口を開いた。
「ああ、いるよ……」
姿無き侵入者の質問に、圭吾は答えた。
目の前の空間が緊迫するのが分かる。
「……あなたは?」
「そっちこそ、誰なのさ」
『幻聴じゃないのか?』そう訊きたいが、『はい』と答えられても嫌だ。
「あ……私は岡本慶子。札幌駅前にある○○中学の生徒です」
リアルな妄想という線も捨てがたいが、それでもいいかと圭吾は答えた。
「俺は、田中圭吾。この学校の生徒」
まあ、妄想としては三流だな。ここは東京。北海道からここまでどうやって来たというのだ? 電気も全て死んでいて、当然ながら電車も飛行機もないというのに。
向こうも同じ事を考えたのか、返事が中々来ない。
ま、いいや。妄想だろうと何だろうと長らくしてなかった会話だ。しかも女の子だからなおよろしい。
「どうやってここまで来たんだ? 歩いてこれる距離じゃないよな」
ここは東京だぞ。と付け加える。
まさか歩いて来た、とか言わないよな。
「人を探して歩いていたら、ここに着きました」
言ったよ。
「私にも、何が何だか分かりません……」
頭よさそうな子だな。圭吾はぼんやりとそう思った。
「私にも、何が何だか分かりません……」
本当に分からない。目の前――視界には誰も映らないが――の『田中圭吾』の存在も含めて、分からないことだらけだ。
声と気配でしか認識出来ない彼。
本当に気が触れたのだろうか。自分が心配になる慶子。
「田中さん」
「何?」
どこか気だるげな声が返ってくる。それは本物の人の声に聞こえるが……。
「あなたに、私はどう映っているんですか?」
「声だけしか聞こえない。ぶっちゃけ、俺の妄想って線が濃厚」
「私もそれは考えました。しかし、私は確かに存在しています。信じて下さい」
「私もそれは考えました。しかし、私は確かに存在しています。信じて下さい」
信じるには無理のある設定だらけだ。漫画以上にめちゃくちゃ。
だが、それを言うなら全人類消失の方が無理があるか。それを思えば今の状況の方がまだ常識の範囲内という事になる。
圭吾は、前方の何も無い空間を見据える。懐中電灯の光だけが教室を照らす。その光は二筋。
……あ。
妄想なら、その懐中電灯はどうやって説明するんだ?
現実世界に存在しないモノだったら、物を運ぶのは無理だろう、多分。
これ以上は相手にせず寝ようかと思ったが、会話を続ける価値はあるかと思いなおした。
「……あんたの方には、俺はどう映ってる?」
息をのむ気配。自分ら(?)以外に物音を立てる存在が無いだけに、少しの音でも敏感に感じ取れる。
「多分、あなたと同じだと思います。声だけで姿は無い……」
「そんで、札幌からココまで歩いて来たって?」
「そんで、札幌からココまで歩いて来たって?」
自分にも分からない。ただ、無我夢中で疲れるまで歩いて、そして休んだらまた歩く……。そんな生活を数日にも渡って送ってきた。だから、歩行量は相当だと思う。
しかし、海を渡った覚えは無い。何の橋もトンネルも通っていないのだ。
不可解だった。
「ここは……本当に東京なんですよね」
「ああ、そうだよ。校門にも『都立』って書いてある」
もしかすると、今見ているモノも何もかもが妄想なのか?
怖い考えに囚われた。そうじゃない、断言できないところが特に恐ろしい。
「ま、そんなことどうでもいいんじゃない?」
「え?」
「別にテレポートだろうと猛スピードで空を飛ぼうと、何が起こっても不思議じゃない」
このくらいの事で何を今更。圭吾の言葉からはそんな感情がひしひし感じ取れた。
「確かに、考えても答えなんて出ないと思いますけど……」
「確かに、考えても答えなんて出ないと思いますけど……」
原因が分かったところで、圭吾たちにはどうする事も出来ない事に決まっている。
どうせ自分達の出来ることなど無に等しいのだ。ヒトが消える前からそんな事は分かっていた。
圭吾は立ち上がった。
「どっか行かない?」
「どっか?」 慶子はオウム返しに。
「どっかだよ。どこでもいいからさ」
それよりも、今なら違う場所に行けると思う。
一人で絶望を感じるのは辛いが、話し相手がいれば、まだ。
「今から……ですか?」
慶子が何を思ったのかは分からない。声色だけで相手の感情を判断できるほど圭吾は注意深くなかった。
しかし、そう言われて窓の外を見る。
「……あ」
真っ暗だった。真夜中なのだから当然だ。
「行くにも、少し休んでからにしましょう」
当然の意見だろう。だから圭吾は頷いた。
「……あの?」
「あ、ああ、そうだな」
頷くだけでは意味が無い事に気付くのに、数秒間かかった。
「あ、ああ、そうだな」
慶子はその返事を聞いて、休もうと座りこんだ。
床のコンクリートが冷たい。
明日……一晩寝て、明日になったら田中圭吾は消えているのだろうか?
だとしたら妄想だった事になる。消えないとしても、妄想でないという証明にはならないが。
「よかったら、予備の布団があるから使って」
圭吾は友好的に声を掛けてくる。
確かに教室の隅に、白いかたまりがある。それのことだろう。
「ありがとう。使わせてもらいます」
布団を敷く。
そういえば男の子と同じ部屋で寝る事など生まれて初めてだ。慶子は苦笑した。絶対に襲われる事なんて無いだろうから。
少しの間、お互いに沈黙する。共通の話題などほとんど無いのだから当然だ。それに、唯一のそれである、今のこの状況については話す気がしない。向こうからも何も無いという事は、圭吾もそうなのだろう。
「……あのさあ」
もう一つの布団から声。圭吾だ。
「もう寝る?」
「……何ですか?」
「何か話でもしない?」
圭吾は会話に餓えていたのだろうか。慶子もそうだが、今は歩いて来た事による疲労の方が大きい。
「明日どこに行くかとかさ」
遠足に行く小学生みたいだと思った。そんな彼につられて何か母親のような気分になってきた。
「どこでもいいですよ。東京の地理には詳しく無いですし……」
「じゃあ、名所案内しようか?」
圭吾は基本的に脳天気な人なのだろう。自分は東京観光をする気にはならなかった。
もっとも、そのくらいの神経が必要なのかもしれない。この世界で生きるには。
「冗談だよ。さすがにこの状況じゃねえ」
どう答えようか考えていたところ、圭吾はそう言った。慶子の内心を察したのだろうか。
鈍そうに見えても案外鋭いのだろうか? というかはじめからただの冗談だったのかもしれない。だったらそれに付き合ってあげればよかっただろうか。
「……そろそろ、眠くなってきました」
それは本当だ。それ以上は話し相手になる気力も無い。
「そう。んじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
慶子は目を閉じた。
眠りは、わりかし早くやってきた。
おやすみ、と言われてもそう簡単に眠れるわけではなかった。
なんせ一日中がお休みなのだ。昼寝に充てる時間も腐るほどあるわけで。
しかも今日は謎の少女―――既に圭吾の脳内では美少女という事になっている―――が隣で寝ているのだ。姿が見えないのが本当に悔やまれる。
つーか、全て俺の妄想なんじゃないのか?
その思いは未だに消えない。
勝手に動く懐中電灯も、あの話し声も、みんな妄想というオチ。そして人類消失も妄想というオチなら万事OKだ。
しかし、妄想だろうとなんだろうと、圭吾にとっては今見えている世界が全てだ。それを現実と受け入れざるを得ない。
エロ本を持ってこなくてよかったなあ……。ふとそんな事を考える。危うくかなり気まずい事になるところだった。
ていうか、明日は本当に何処に行こう。彼女はここの地理に詳しくないと言った。だから案内役は圭吾という事になる。
案内、というよりも生存者(?)を探す旅であり、目的地も何も無いのだが。
……そんな事を考えてたら、眠くなってきた。
隣からはもう寝息が聞こえる。疲れていたのだろうか。だったら無意味に話し相手などさせて悪かったかもしれない。
「俺も寝よ……」
全ては明日だ。岡本慶子が妄想でも、現実でも、いまさら何だっていうんだ。恐れるモノなんか、今の圭吾には無いのである。
「じゃあ……行こうか」
圭吾は、空を見上げてそう言った。
今日は快晴。お出かけには絶好の日和だ。
多分、自分の傍に慶子はいる。何処にいるのか、声を出してもらわないと分からないけど。
「ええ、そうですね」
お互い、並んで――本当はどうだかわからないけど――歩いている。
微かに見えた希望。正確には、見えてはいない。
新世紀のアダムとイブとかぬかすにも、ただの妄想電波だとしても、宙ぶらりんのこの状況、俺はどうすりゃいいんだろうな?
圭吾は、ふう、と溜息を吐いた。
重ね重ね言うが空は快晴。お出かけ日和。
さあ、取り敢えず出かけよう。
隣にヒトがいると、少なくとも今は信じて。
<完>
あとがき
どうも、kazamaです。
今回は何も考えずに書いたので、無茶苦茶極まりないトホホな結果に……(汗
ていうかライトノベルの読み過ぎで、ト書きの一人称と三人称がごっちゃになってるのがウザいって……
ていうか伏線ほったらかしー? 意味無いのになんでこんなの張ったのー?
……とかまあ、自分に対するダメだしは置いておいて、何が言いたいかというと、ええと、こんなんですが読んで下さると幸いです。
あと、続編書こうかとも思ってます。時間があったらですが……
ではでは
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