ラブレター

 

 

これは君への手紙だよ。

 そう改まって書こうとすると難しいものだね。僕らは長いあいだ一緒にいたけど、手紙でのやり取りをした事は無かった。

 君は今、とても遠いところにいるんだろ? 学の無い僕では、地名を言われていても分からないような場所に。

 今日も快晴。庭の木々が風で揺れて、とても平和だ。僕は庭先でそれを眺めながら、この手紙を書いている。

 既に三通ほど、君に宛てた僕の手紙がある。しかし投函はしていない。なんか、途中で恥ずかしくなってしまってね。自分で開けるなんて論外だし、遠い君に読まれるのを想像するのはとても辛い。

 そのような過去の経験を踏まえてみると、いま書いているこの手紙も無意味な物として部屋の一角で埃を被るだけのものなんじゃないかなあ、とも思う。

 しかしまあ、何かせずにはいられないんだよ。僕ら二人の想い出を、振りかえってみよう。これこそが僕にとって、輝かしい宝物であるから、いつでも想っていたいんだ。

 

 

 

君は淑やかな女性で、いつも優しげに微笑んでいたね。

 思えば、僕は君のその笑顔に魅せられたのかもしれない。

 大学のキャンパス。すべり止めであった三流大学への不本意な入学をしたばかりの僕は、周り全てが愚かに見えた。こんなカス大学の生徒、こんなカス大学の教授……と、心の中ではいつも陰鬱な気持ちが漂っていたんだ。

 そんな時、君だけは違ったね。

 君は優しかった。完全に不貞腐れた僕に、励ましの言葉を掛けてくれた。それがただの同情であったのか、それとも心底からの言葉だったのかは推し量る術もないが、僕は後者であると信じている。

 覚えている? 僕が君にプロポーズした時の事。僕はよく覚えている。死ぬほど緊張したのを今でも思い出すよ。

 その時の君は、少し伏せがちだった瞳を丸くして、手で口元を抑えて、とても驚いたという風の表情だった。

 数秒の後、君は頷いてくれた。だから、この日は僕の人生において最良の日になったんだ。

 周囲の人間は、僕らのことに驚いたようだった。あまりにも唐突に見えたらしい。

 それにしても、一番驚いていたのは奴だったろうな。

 森山。高校からの友人で、僕の数少ない心許せる友人だった。元々鈍感な性格だったし、僕が君と付き合う事になってからも全く気付きもしなかった。

 しかし、奴も喜んでくれた。僕が「結婚するんだ」と言ったら、自分の事の様に。

 全く持って良い奴だ。だが、ああも異常な喜び様は、僕に結婚なんてできないと思われていたのだろうか? そう考えると複雑だ。

 森山とは大学卒業後、就職の関係であまり会わなくなってしまった。

 別に仲違いしたわけではなかったが、仕事の方が忙しかったんだ。

 君も知っての通り、僕はとある小さな企業に就職した。所謂『サラリーマン』という人種になった僕。子供の頃は軽視していた仕事だったが、とても大変だった。

 正義のヒーローのような派手さは無く、ただ淡々と毎日を消費する。正直言うと、苦痛だったと思う。

 しかし、苦痛ではなかった。君がいたから。

 家路について、君の笑顔を思い浮かべるだけで疲労など無くなったのさ。

 そうして、僕らは日々を重ねていった。

 

 

 

 ある日、森山に会った。

 偶然だった。昼食に入ったレストランに奴がいた。

 僕は声を掛けた。奴は僕に気付き、視線を向ける。

「……じゃないか。久しぶりだな」

 奴は僕の名前を呼び、ややぎこちない感じで笑みを浮かべた。

「ああ、大学以来だな」

 今は何をしてるんだい? と僕は訊いた。

 適当に働いてる、と奴は答えた。

「お前の方はどうだ。……元気でやってるか?」

「まあな。幸せにやってる」

「そうか。そりゃそうだな」

 そう言って、森山はやや寂しげに肩を竦めた。なぜ奴がそんな表情をしたのかは今でも分からない。

 少し、沈黙。

 話す事が多すぎて、どれから話せば良いのか分からない、そんな状態。

 森山は所在無さげにコーヒーカップを弄ぶ。

 僕は、頭を整理して口を開いた。

「……まだ結婚しないのか?」

 少しからかってやるつもりだった。もしかすると彼女の一人もいないんじゃないのかと思ったからだ。

 奴は一瞬だけ無表情になり、その後に悲壮感溢れる顔になり、

「……あのな。お前も……

 ……………

 ……あれ?

 その後の奴の台詞を、僕は覚えていない。

 実は、森山との再会はつい三日前ほどの事で、まだまだ記憶に新しいというのに。

 ……もう歳かな?

 まだまだボケるには早いと思っていたが、気を付けないといけないな。

 その後の記憶は残っていないから、ここに書くことは出来ない。というか、最初から書く必要も無かったね。

 君との想い出とは何の関係も無い些細な事なんだから。

 何でまたこんな事を書こうとしたのかは分からないが、とにかく話を戻そう。

 

 

 

 ある日、会社の同僚が僕らの家に来た事があったね。

 君は手の込んだ料理でもてなしてくれて、とても暖かい雰囲気だった。

 しかし、あの同僚は無礼だっだね。表情を凍りつかせて僕の事を凝視していた。

 あいつは礼儀というものを知らずに育ったに違いない。

 帰り際に、意味不明な単語を呟いていたのを覚えている。

『……なんて、

…………

 また思い出せない。おかしいな。

 まあ、いいか。どうせ馬鹿の独り言だ。

 

 その日以来、あいつとは急によそよそしくなった。別に、あんな奴はどうでもいいけどね。

 

 

 

森山が、昨日僕らの家に遊びに来てくれたらしい。

らしい、というのは。直接僕がその場に居合わせたわけではないからで。

 奴が玄関のチャイムを鳴らした時、僕は丁度タバコを買いに外出していた。

 家の中には君がいたらしかったが、なぜか君は何も返事をしなかった。

 いや、まあ、森山とて男だ。男と二人きりになるのは僕のあらぬ誤解を生んでしまうと思ったのだろう。だから、問題のない判断だった。

 夜中に森山から電話がかかってきた。何だか知らないが、切羽詰ったような口調だった。

 何かあったのかと、少し僕は驚いた。森山のこんな声は初めて聞いたからだ。

 ……ええと、内容の方は、何故だか覚えていない。他の事なら詳しく話せるというのに、何故かこれだけは思い出せないんだ。

 昨日? あれ? 昨日、君は家にいたのかい? 

 そんな筈はないよね。君は、ずっと前に行ったのに。

 何処に?

 何のために?

 疑問が、あるわけの無い疑問が、僕の中で膨らむ。

 森山は僕になんて言ったんだ? 

 僕は森山に何を言われたんだ?

 

 ……今、僕は何を書いているんだ?

 

 思えば、今僕の書いているものは全て君との想い出ではない。

 ただの日常の話だ。しかも、君の出番は少ない

 

 君の声が思い出せない。それどころか、顔も。

 僕はどうなっているんだろう。君はどうなっているんだろう。

 君は何処に居るんだろう。

 僕は何処で君と逢ったのだろう。

 疑問が、膨らむ。

 ……いや、何でも無い事だ。どうでもいいことなんだ。

 

 

 

もしかするときみはほんとうはどこにもいなくてぼくがかんがえただけでどこにもいなくてぼくがかんがえただけでぼくがかんがただけでぼくがかんがえただけで

けどきみはそんざいするぼくのなかにそんざいするそうおもえばぼくは

 

しあわせ

 

 

 

 

「森山さん……」

 森山は、声に気が付いて顔を上げる。持っていた手紙を折りたたむ。

 上げた先には、くたびれた顔をした男。彼は警察官を名乗っていた。

「この『遺書』に、あなたの名前が多く書かれていたためお呼びしたわけですが……」

 これは、どういうことなんです? 

 警察官の声ならぬ疑問を、森山は感じ取る。

 警察官は、自殺だと言った。

「……私にも、分かりませんよ」

「『君』という人物はいませんでした」

警察官は、ふう、と溜息をついて、

「経歴を調べても、異常な側面は見られなかった……せいぜい、内向的だったとか、友達が少ないとかその程度です」

「だから、『君』の存在を、誰にも気取られなかった……」

 いや、違うな。と、森山は続ける。

「私は、彼の異常性に気付いていました。けれども、怖くて関わり合いになりたくなかったんです」

「……………」

「彼は『君』が虚構であった事に気付いたから、だから死んだのでしょうか?」

 警察官への問いかけというより、ただの独り言だった。

「……あるいは、それが虚構であった事を誰一人として指摘してくれない、その世界に」

 自虐的な笑みを浮かべる。そんな森山の言葉を遮って、警察官は、

「違うでしょう。彼は、「しあわせ」と書いていました。ですから」

 

 この世界に、絶望などしていませんよ。

 

 限りなく正解に近い言葉を、呟いた。

 

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 あとがき

 

どうも、kazamaです。

今回はホラー気取ってみました。出来はありきたりですが、楽しんでいただけると幸いです。

何気に短いですが、ちょうど本編も短いのであとがきもその辺で(笑

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